Reach One|株式会社ビズリーチ(BizReach)【企業公式ブログ】

株式会社ビズリーチの公式ブログ「Reach One(リーチワン)」です。 Reach Oneでは、ビズリーチのメンバーやプロジェクトの紹介、社内外のイベントレポートなどを通じて、「ビズリーチのイマとこれから」をお伝えします。

REACH ONE

ビズリーチのイマとこれから

事業運営幹部に聞く!キャリアインタビュー|酒井 哲也(ビズリーチ事業本部長)

これまで新卒入社メンバーや若手社員を中心にインタビューをお届けしてきたReach Oneですが、今回からは各事業や組織をリードする幹部たちについても、定期的にお届けしたいと思います。

それぞれのメンバーがこれまでにどんなキャリアを歩み、どのような思いでビズリーチにジョインし、どんなビジョンを描いているのか、お伝えしていきます!

vol.1は、ビズリーチ事業本部長の酒井。
酒井は、新卒で入社した会社で民事再生という経験をしていますが、そこでの経験が現在の自分を形づくっていると話します。いくつもの壁に立ち向かいながらも、常に楽しみながら仕事をする秘訣を聞いてきました。

楽しみながら仕事ができれば、行き着いた先も楽しい

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酒井 哲也 / Tetsuya Sakai
大学卒業後、スポーツ関連の権利(ライセンス)を扱う会社に新卒として入社するが、1年半ほどで会社が民事再生申請。その後、大手人材サービス会社に転職。大手企業中心の営業を担当した後、RPO(採用アウトソーシング)部門の立ち上げを行い、部長を経験。2015年11月ビズリーチに入社し、2017年8月からビズリーチ事業本部長。

いろいろなものに憧れた学生時代

高校生までは、料理人になりたいとか、宇宙に関わる仕事に就きたいとか、いろいろな進路を考えていましたが、大学に入学するときにはマスコミで働いてみたいと強く思うようになりました。

なので、2年生から4年生まではテレビ局でADのアルバイトをしていました。報道もやりましたが、小・中・高とバスケットをしていて、スポーツへの興味、関心が高かったので、アルバイトをしながら、局内のスポーツ班の方とばかり仲良くなっていました。

実際に就職活動をする段階では、スポーツに何らか関わりたいと考え、はじめはスポーツ系の雑誌を出している出版社を中心に受けていました。出版社は残念な結果になってしまったのですが、スポーツに関わる仕事を探している中、スポーツの権利(ライセンス)ビジネスを行っている会社があることを知り、応募、入社が決まりました。

新卒なりに工夫した店舗運営

入社して1年半ほどで民事再生を申請してしまった会社でしたから、いろいろ苦労はしましたが、逆にここでの経験がなければ今の自分はないと思っています。

その会社では、ライセンスを生かしてユニホーム、グッズを製造・販売するなどしていました。全国に20を超える店舗があり、私が入社したときの同期もそれぞれ店舗に配属されました。配属最初の仕事は、マネキンの着せ替えでした(笑)。サッカーの日本代表戦の試合が翌日に控えていたので、マネキンのユニホームをバスケットからサッカーのユニホームに替える必要がありました。マネキンをどう動かせば、脱がせやすいのかも良く分からず、四苦八苦したのをよく覚えています。

店舗には半年間在籍したのですが、私は「いらっしゃいませ」を言わない店員と言われていました。なぜかと言うと、扱っている商品が、メジャーリーグで活躍する選手のサインボールなど高額商品。高額商品を扱う店であれば、頻繁に挨拶して多くのお客様を招くより、マニアックな知識でお客様に話しかけたほうが売れるのではないかと、自分なりに考えてのことでした。でも、そんなことは誰にも理解されず、よく上司と揉めていました(笑)。

その後、社長が突然交代。会社の売り上げはワールドカップの後、どんどん下降していたんです。スポーツ界は大きな大会が終わると主要な選手が移籍してしまいます。チームライセンスを扱っていたため、波が激しかったんです。ワールドカップ前までは売り上げも好調で、上場するのではないかと言われていた中での突然の出来事でしたが、スポーツのビジネスに興味をもってくれた出版社が会社を買い取ってくれ、なんとか存続できました。

経営企画に異動、民事再生を経験

この時期に、私は店舗から本社の経営企画に異動になりました。たまたま「若い人がバックオフィスにいたほうがいい」と引っ張ってくれた人がいたからです。偶然ですね。

異動して最初の仕事は「3店舗つぶす店舗を決めて、明日の店長会議で発表しろ」というものでした。話がいきなりすぎて、何をどうしたらいいか全く分からない状況でしたが、自分なりに数字を作って、翌日の会議で発表しました。そうしたところ、周囲の関係者に、とんでもなくキレられました。今思うと当然ですが……。店舗開発の部長にも、「おまえ何年目だ!おまえに何がわかるんだ!」と怒鳴られ、「誰が言ってるんだよ!」と言われたので「Excelがそう言ってます!」と答えたら、大げんかになりました(笑)。また、債権者集会の担当や、株主からの電話にひたすら謝るだけという経験もしました。本当に大変でしたね。

当時の上司からは「頭を使え」とよく言われました。事実をデータできちんと揃えて、ものごとを捉えなさいと。いきなり「P/Lを作れ」と言われたこともありました。当然、やったことがないので、わからない。どうしたらいいのか聞くと「そんなこともわからないのか」と言われてしまう。そりゃ分からないよと腹が立ちつつも、自分から「これ以上教えないでください」と啖呵を切っていました。その後は、自分でP/L会計の本を買って勉強しました。また、大学でも統計学をやっていたので、データの抽出もそれなりにできるようになりました。振り返ると、この時期があったからこそ今があると思っています。

人材ビジネス業界に転職して気づいた頭を使った営業の楽しさ

会社が一段落して、大手人材サービス会社に転職しました。会社の先輩に「お前は自由に意見が言えて、儲かるしくみが整っている会社でやり直したほうがいい」と言われ、紹介してもらったことがきっかけです。

実は、この会社で入社早々大トラブルを起こしました。本来、お客様にはお見せしてはいけない情報を出してしまったんです。お客様からは「特に公表しなくていいよ」と言われたのですが、会社は公表することを決断。いろんな方々にかなりの迷惑をおかけしてしまいました。その出来事があって、会社の懐の深さと自分のできなさ加減を痛感しました。その時から、私は誰よりも仕事を頑張ろうと決めました。がむしゃらに働こうと。

その後は、医療機器や自動車メーカーなど、大手企業の担当となり、頭を使って営業することの楽しさを知りました。

たとえば、自動車メーカーから100人のエンジニアを採用したいというご要望をいただいたとすると、ただ単にセミナーを開催するだけではなく、「全国にどれくらいエンジニアがいるのか、どの地域にエンジニアが多いのか、どこでセミナーを行うのが効率がいいのか」を常に考えていました。「神戸は機械系が多い、京都は化学が多い。それならば、大阪で1回開催する集客率と、神戸・京都で開催する集客率は、どちらがいいのか」そんなことを当時の上司から投げかけられ、頭を使って仕事をするというのはこういうことかと納得することができました。

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お客様のためのメンバーマネジメント

また、この時代にマネジメントについても学ぶことができました。当時、私は10社ほど自分の企業を担当していたのですが、「明日から50社担当してくれ。50社はひとりで担当できないなら、メンバーが4人いるけど、どうする? どうぞご自由に」と上司から言われました。言われた瞬間はどうして良いか途方にくれましたが、自分一人ではお客様のご要望に応えられないので、メンバーとシェアして、お客様の要望に応える仕事をするという感覚になりました。この「お客様のためには何ができるか」ということを追求するマネジメントスタイルは今でも変わっていません。

正直、マネジメントは苦手です(笑)。というのは、私は、組織にはいろいろな人がいると思っていて、いろいろな人がいるからこそ組織は楽しいと思っています。どんな人がいてもいいと思うんです。なので、人を怒りたいとも思わないし、自由にしてくれたらと思っています。ただ「お客様」という軸ができたら、話は別です。お客様にご迷惑をかけるようなことがあれば、メンバーを叱らなければならない。「お客様のためのマネジメント」です。

もう一つ、マネジメントが苦手な理由。それは、マネジメントには解がないからです。私は、解がある数学が好きです、大学も商学部でしたし。ですが、人には解がありません。解がないものを考えて続けても、永遠に解は出ない。その悩みが苦しいので、マネジメントは苦手だと感じています。でも、苦手と言いながらも、一方でその解がないことを楽しんでいるのかもしれません。実は、私は将棋など、人との駆け引きがあるゲームが大好きなんですよね。相手の動きが分からないから楽しい。結局、仕事って楽しみ方を作れるかどうかだと思っています。何をやっても楽しめる方が幸せですよね。

ビズリーチに入社した決め手は、代表 南の正直さ

前職のときから、代表の南とは接点があり、何度か話をしていました。しかし、話していたのは、スポーツに関するマニアックな話題ばかりです。当時、私にとってビズリーチは怪しい会社の代表格でした。そして、その怪しさを助長しているのが、南でした(笑)。ただ、転職の誘いがあったときのやりとりで、素直で正直な人だなと思い、入社することに決めました。

今期からビズリーチ事業を任され、さまざまな課題を解決しながら、お客様のためによりよいサービスにしていこうとメンバーとともに進んでいます。入社してから参加したリーダーシップ研修のときに気づいたのですが、私は新たな壁が出てきたときに、やる気になるんです。敵が出てきたら、やる気になる。そして、壁を見つけたら、壁がどういう構造になっているのかひたすら調べて分析する。今もそんな感覚で、楽しみながらやっています。

楽しみながら仕事ができる環境を提供し続けたい

もちろん、一緒に働くメンバーにも楽みながら仕事ができる環境を提供していきたいと思っています。ビズリーチのバリューには、「Work Hard, Play SUPER Hard」というものがあり、これには「どんなことでもエンターテイメントに変えて、目の前のことを、一生懸命楽しもう」という意味が込められています。組織が大きくなるにつれて、楽しさとかドキドキ感、ワクワク感がなくなったときに、企業は壊れはじめるものだと思っているので、メンバー一人ひとりが楽しめる環境をこれからも保っていきたいです。もちろん、私自身、誰よりも楽しんで働きたいと思っています。

私は「プランドハップンスタンス(計画的偶発性)」という言葉が大好きで、いま楽しいと思うことを選択し続けていれば、行き着いた先も楽しいと信じています。苦しさと楽しさは表裏一体なのかもしれませんね。



次回は、HRMOS(ハーモス)事業をリードする古野のインタビューをお届けします。
ありがとうございました!

※所属、業務内容は取材時点の内容です。