Reach One|株式会社ビズリーチ(BizReach)【企業公式ブログ】

株式会社ビズリーチの公式ブログ「Reach One(リーチワン)」です。 Reach Oneでは、ビズリーチのメンバーやプロジェクトの紹介、社内外のイベントレポートなどを通じて、「ビズリーチのイマとこれから」をお伝えします。

REACH ONE

ビズリーチのイマとこれから

事業運営幹部に聞く!キャリアインタビュー|津村 信太郎(執行役員)

ビズリーチの各事業や組織をリードする幹部をご紹介するビズリーチ「キャリアインタビュー」。
前回は、サービス開発本部長、HRMOS採用管理事業部長の古野のインタビューをお届けしました。

reachone.bizreach.co.jp

今回は、津村のインタビューをお届けします。
執行役員、事業戦略本部長、カスタマーサービス本部長、管理本部長、人事本部長であり、社長室長でもある津村は、これまで、戦略系コンサルティングファームにてコンサルタントを経験後、外資系スタートアップ企業で経営企画、営業、審査、編集、カスタマーサービス、日本オフィスの窓口として本国やAPAC(アジアパシフィック)との折衝など、責任のある立場として多くの部門を見てきました。
「さまざまな打席に立ち続けたことで、自分の強みに気づけた」という津村に、キャリアについて話を聞いてきました。

打席に立ち続けて気づけた、自分の強み

f:id:bizreach:20171005104310p:plain

津村 信太郎 / Shintaro Tsumura
幼いころから高校卒業までアメリカで過ごし、大学進学のために帰国。慶應義塾大学法学部卒業後、戦略系コンサルティングファームに就職。その後、外資系スタートアップ企業に転職。そこで、経営企画からカスタマーサービスなど幅広い業務を経験。現在は、執行役員、ビズリーチの事業戦略本部長、カスタマーサービス本部長、管理本部長、人事本部長であり、社長室室長も兼務する。

やりたいことを探すため、コンサルティングファームに就職

生後6カ月のとき、父親の仕事の関係でアメリカに渡り、5歳のときに帰国しました。その後、小学校3年生のときに再度アメリカに住むことになり、8年生(日本の中学校相当)まで現地校で過ごしました。9年生(日本の高校相当)からは日本の大学付属の学校に4年間通い、高校生活は寮で過ごしました。楽しかったですよ。

大学進学時に帰国し、法学部に入学しました。法学部に入学はしましたが、法学を学びたかったというより文系の学部のなかから、内部進学で評判がいいところを選んだ感じです。その当時、やりたいと思うことが特に思い浮かばなかったんです(笑)。

大学を卒業し、コンサルタントになりました。これも、何かをやりたいという意志がないところからの選択でした。やりたいことを考えてみたのですが、特にわからなくて。これが好きということもなかったんです。外資系のコンサルティングファームや、外資金融、外資メーカーは、就職活動が早い時期から始まるので、とりあえず、話を聞いてみようと思って行ってみました。そしたら、コンサルティングファームが面白そうに感じたんです。外資系コンサルは、優秀な人が多そうだし、いろいろな業界に触れられるのではと思いました。また、3年も在籍すれば、いろいろ仕事を経験でき、やりたいことが見えてくるかなと思ったんです。

20代のうちにキャリアの土台を固めたい

就職活動をしていて思ったのは、やりたいことが特に明確だったわけではなかったので、その先の可能性を広く持てるよう、20代のうちに自分のキャリアの土台を固めたいということ。だから、日系企業で多く取り入れられている10年間のローテーション人事のように、育成期間が長い環境は、当時の私の選択肢からはなくなりました。若いうちから高い負荷をかけて鍛えてくれる外資戦略系コンサルは、いい環境だと思えたんです。

私が入社したのは戦略系のコンサルティングファームで、製造業や化学系メーカーのR&D戦略、事業戦略の立案に強みを持っていました。ですから、同期のほとんどは理系出身のマスターかドクター。しかし、私は文系の学卒。そんな環境でしたが、帰国子女で英語が話せたこともあり、海外の案件を中心に携わらせてもらいました。アメリカの市場に参入したい日系企業の事業戦略立案や、リサーチ系の案件にはじまり、行政やネット企業のプロジェクトなども含めて幅広く関わることができました。

自分の限界を知ることができたコンサル時代

そのコンサティングファームには4年半ほど在籍することができました。よく頑張ったなと思います(笑)。そのなかでも一番大変だった経験の一つは、ファンドが企業買収を検討するときに、事業内容の検討を支援するビジネス側のデューデリジェンス、いわゆるDDでした。どのDD案件もそうですが、締め切りがものすごくキツイんです。金曜日の夜にファンドの人たちと打ち合わせをして、「じゃあ、月曜日の朝イチまでに再度打ち合わせをお願いします」なんて言われることばかりでした。

彼らは時間を買うために、コンサルに業務をアウトソースしています。また、彼らの中にはコンサルや外資金融出身者も多いので、我々に何ができるか、そしてどれくらいの期間があればできるのか、よくわかっています。だから、要求水準がとても高く、頑張らざるを得ません。

コンサルあるあるだと思いますが、会社に6連泊したこともありました(笑)。翌日の始業時間まで3時間しかないときは、帰宅してシャワーを浴びて着替えることで2時間使うので、であれば、会社で床に横になって寝てしまったほうが良いと。床だと固いので、寝起きもいいですし(笑)。そんな生活が1カ月続くこともありました。

あまり細かい仕事が得意ではなかったので、よくミスして、先輩に迷惑をかけました。想像しうるミスを全部やったと思います。たくさんのミスをし、先輩にご迷惑をおかけしながら、「ここら辺が自分の限界か」というのを自分で理解することができましたね(笑)。

でも、このたくさんの失敗の経験によって、「どうしたらできる(成功する)ようになるのだろう」ということを考えるようになりました。自分の失敗についても、そしてほかの人の失敗についても、客観的に分析する癖を持つようになりました。そのおかげで、今はさまざまな失敗の要素分解もできますし、説明もできるようになりました。だから、いろいろな人と仕事をして、今この人は「こういうところでつまずいているのかな」「こういうことで悩んでいるのかな」「こういうことには気付けているけど、こういうことには気付けていないのかな」ということが感じ取れ、理解できることになれるようになったと思っています。

責任ある立場で仕事をすることへの興味

コンサルティングを4年半やって、逆説的な言い方ですが、好きな業界、好きな職種が自分にはなかったということがわかりました。これだけやってないということは、自分は業界や職種については好きなものがないという人間なんだろうという結論に達しました。そこで、業種、職種ではなく、自分が興味、関心が持てることや、自分がどうありたいかを改めて考えてみたんです。

そしてわかったのは、お客様の業務のアウトソースであるコンサルタントの仕事を行ったことによって、逆に自ら主体的に心の機微を理解して人を動かしながら、みんなと協力して何かをつくりあげていくこと、つまり、業種、職種問わず「事業をつくる仕事がしたい」という思いが強くある、ということでした。

「日本一熱い」ベンチャー企業との出会い

事業をつくりあげるためには、分析力が高いとか、ある業界に詳しいということではなく、質の高い仕事をし、かつ責任ある立場で数多く「打席に立つこと」が重要だと思いました。 それは、コンサルタントとして、いろいろな経営者の方を見てきた中で、彼らは責任ある仕事を数多く経験したことが元となり、自分の本能や直感が働いて、さまざまな判断ができるようになるのではないかという仮説を立てたからです。

そこで自分も、質が高く、数多くの「打席に立てる」可能性のある職場を探そうと決めました。その条件で考えた時、社会全体の成長率が著しく変化が多そうな途上国で仕事をする、もしくは日本のなかで成長率が著しいネット業界で仕事をする、という2つの選択肢を考えました。

そんなとき、ベンチャーキャピタルを立ち上げていたコンサルティングファームの先輩から、「日本で一番熱いベンチャー企業があるよ」と外資系共同購入型クーポンサイトを運営する会社を紹介されました。事業モデルも面白そうだし、米国の創業者の世界観も共感できる、そしてなにより自分が考えていた「打席に立てる」という条件に合いそうだと思い入社しました。

大規模リストラを経験し、強くなった組織づくりへの思い

私が入社したころは、1年間で約1,000人を採用していました。売り上げの急拡大を目標としていたので、人を大量に採用する必要があったんです。しかし本国が上場申請をしてから方針が変わり、売り上げではなく利益が目標になり、適正な人数で利益をあげようという方針にガラリと変わったんです。そこで、大規模のリストラが必要になりました。

そのとき、私は経営企画と営業の統括部長を兼務していました。営業の統括部長に就任してすぐに地方の営業所を訪問して、到着した夜はみんなと飲み、翌日はリストラの話をする、なんてこともありました。

そんな経験をするなかで、人に「辞めてくれ」と言うのならば、「自分が辞めたほうがいいのではないか」と、正直悩んだこともあります。みんなで船が沈むのを待つか、何人かにこの船を降りてもらい、残った人たちで船を前に進めるか、と。いろいろ考えましたが、誰かがこの役目をしなければならないのなら、自分が責任をもってやろうと腹を決めました。

ただ、こんな経験をしたので、逆に組織に対して深く考えさせられました。会社とは何か、雇用とは何か、経営とは何か。そして、このときの経験が、今ビズリーチで取り組んでいる「良い組織づくり」にも繋がっていると思います。

この会社ではその後、営業、経営企画、審査部、編集部、カスタマーサービス、アジアのオペレーションディレクターなどもやりました。最後の1年くらいは日本オフィスの窓口として、カントリーマネージャーの代行のような役割を担った際に、日本の状況をわからない人たちに説明をする経験を積んだおかげで、数字やロジックで状況を詳しく知らない人に説明する力もついたと思います。日本はAPACで一番大きな国だったので、電話会議では本社やAPACのマネジメントから容赦なく詰められ続け、最初は本当に苦労しましたが(笑)。

責任を持って打席に立ちたいと思い入社して3年。やりたいことは一通りやらせてもらったなと感じました。一方、外資系企業だと事業は「回せる」ようになりますが、最終的な意思決定は本国で行われ、日本はそれを遂行する立場になるので、自分で事業を「つくる」という感覚はないということに気づきました。こういった経験を通じて、自分は事業をつくる側になりたい、チャレンジしたいという気持ちが芽生えました。


f:id:bizreach:20171005111602p:plain

ビズリーチとの出会い、入社の決め手

ビズリーチとの出会いは2011年。まだ前職にいたころでした。前職の同僚がモルガン・スタンレー出身の方で、代表の南と知り合いでした。その同僚から南を紹介され、職場も近かったので、半年に1回位のペースで会って話をするようになりました。南に出会ったころは、前職の仕事に全力を注いでいるころでしたから、単に話をしていただけでしたが。

ただ、南に会い始めてから2年経った2013年の夏頃、前職の仕事をやりきった感じもあり転職を検討しているときに、改めて南から声をかけてもらい、そのときに南をはじめビズリーチのさまざまな人間の話を聞いて、ビズリーチに入社することにしました。今でも思うのですが、声をかけてもらったのは本当に絶妙なタイミングでした。そういう意味でもご縁があったのだと思います。

入社を決めた要因は南の存在が大きかったと思います。前職では、海外でたくさんの起業家に会っていたのですが、その経験を通じ私のなかで「イケてる起業家像」というのがありました。半年に1回会うなかで、その「イケてる起業家像」に南はかなり合致しているなと感じていました。一番の特徴は「嗅覚」だと思っています。面白そうと感じるものや勝負所への感覚がすごい。そして、南の周りを本人とは異なるタイプの人材が支えています。この組み合わせは「大きく発展する会社かもしれない」「化けるかもしれない」と感じました。まだビズリーチの社員が100人強くらいのころです。いろいろと考えたのですが、最終的には「化けそう」「面白そう」と思ったことを決め手にビズリーチに転職することを決めました。

新規事業の立ち上げでわかった自分の強み

2013年11月にビズリーチに入社し、最初は社長室で仕事をしました。その後、2014年の年明けからは中途採用、新卒採用、経営企画、秘書、広報の機能も社長室で持ちながら、海外向けサービスにも関わらせてもらうようになりました。さらに半年して「スタンバイ」の立ち上げに携わることになりました。前職で感じた「自分で事業をつくりたい」という思いから、南には「新規事業がやりたい」ということを伝えていて、それが叶うことになりました。

ただ「スタンバイ」の立ち上げを1年半やってみて、自分でも納得したのが「自分は新規事業よりも成長事業の方が、価値が出る」ということでした。何もないところから何か大きな事業を立ち上げるというのは、何かしら突き抜けている人でなければできないんだなと感じました。少し言い方は悪いですが、ネジがはずれているとか、ちょっとおかしいくらいの人(笑)。そして、そのときに圧倒的に求められるのは、「売れる(=営業)」「サービスをつくれる(=エンジニア)」「人を集客できる(=マーケティング)」「お金を管理できる(=ファイナンス)」というようなシンプルなことなんです。自分がこれまでの業務で経験してきた「多機能」とか「最適化」とかは、この段階では強く求められませんでした。

私の特性や経験値や性格を考えると、0から1をつくりあげる段階ではなく、10から100や、100から1,000に成長させていくときのほうが、圧倒的に自分の価値が出せるということがわかりました。それまで、がむしゃらにさまざまなことを経験したからこそ気づけ、納得できたことだと思います。ここで納得できたからこそ、その後はより一層自分の役割を果たすことに集中できている気がします。

「スタンバイ」の立ち上げを離れ、2015年の12月からは事業戦略やカスタマーサービスに携わるようになり、その後さらに、管理本部と人事本部も見るようになり、全社のミドルオフィス、バックオフィスと呼ばれる組織を担当するようになりました。

安心・信頼をキーワードに1,000人規模の組織づくり

現在ビズリーチは、従業員数1,000人に向かって進んでいるのですが、「1,000」というのは、象徴的な数字だと思っています。組織において150、500、1,000は、大きな数字です。「150」は、「ダンバー数」といわれる数字で、コミュニティー内で顔と名前と特徴が一致する上限だと言われています。そこを超えると、「知らない人がいるなあ」と感じるようになります。「500」は、ミドルマネジメントを置いて、レイヤーを増やさなければならなくなります。「1,000」は、私は都市化、社会化だと思っています。組織のなかで、例えば冠婚葬祭が定常的に発生する規模です。そして、階層ができたり、専業化もされていったりするので、社内報みたいなもので情報の伝達を行う必要も出てくると思っています。つまり、150、500、1,000名規模でそれぞれ組織の在り方を再設計する必要が生じると考えています。

普通の都市の場合は、もう少しゆっくり大きくなっていき、準備もできるのですが、ビズリーチの従業員数は前年対比1.5倍ほどで成長し続けているので、急激に大きくなっています。組織が急成長するとひずみや成長痛は伴うものですが、それをいかに最小に留め、「良い組織」をつくり続けるかを日々考えています。

「良い組織」とは、「一人一人が誇りを持てている状況」だと私は定義しています。ビズリーチは今後も成長し続ける組織だと思っていますが、私が組織の成長をけん引できる限界が1,000人なのか、3,000人なのか、10,000人なのか、どこが自分の限界なのかを知りたいと思っています。できれば、より大きな規模までけん引したいです、組織の成長に自分も負けないよう、常に緊張感を持って仕事をしています。そして、せっかくご縁があってビズリーチに入社してもらったのならば、働いている人たちに働いていてよかったなと思ってほしいですし、能力を発揮してほしいです。その手助けをしたいと強烈に思っています。なので今は、「安心」「信頼」という2つの言葉をキーワードに、ビズリーチという都市のインフラを強化したいと思っています。

ビズリーチの重要な会議体では、人事周りの話をすることが多いんです。なぜかというと、事業の話をしていても、結局「組織課題」の話題になってしまうからです。会社の制度とか、組織の文化とか、そういうものが関係してきてしまう。そういう意味では、人事本部も含めて複数の部署を管理している今の私のポジションだと、より重層的に施策を打ったり、貢献できたりするので、大きなやりがいを感じています。

前職での仕事は、必死に仕事をしていたので、日々目の前のトラブルをどうするかしか考えられない状態でした(笑)。感覚的には、火が燃え盛っているところにロープが1本置かれてあって、そのロープの上を走り抜けなければいけないという状況に立たされ、初めてなので何の考えもなく走り抜けたというものでした。ただ、振り返ってみると、自分はなんて危険なことをしていたんだ、転落していてもおかしくなかった……と(笑)。ですが、振り返ってみると、とても貴重な経験をしていたのだと思います。 前職でそのような経験があり、ビズリーチではさまざまなことが2回目なので、組織の課題や自分のことを客観視できたり、咀嚼したりすることができているんでしょうね。

安定したキャリアとは

いわゆる帰国子女である私の周りでベンチャー企業で働いている人は、ほとんどいません。ですので、私の選択肢は珍しいと思います。でも、すごく変な表現をすると、私が一番保守的な道を選んだと思っているんです。企業の寿命が短くなっており、「安定」を考えるならば、自分に実力をつけるのが一番。今後、伸びる業界に身を置いて、自分の力をつけるのが一番の安心材料になるのではないでしょうか。特に先進国では経済が世界を動かす原動力になっていますが、そのセンターピンはインターネットだと考えています。現在の世界の時価総額ランキングを見れば、トップ10のうち半数以上がネット企業です。そういう時代だからこそ、たくさん打席に立ち、普遍的な仕事の仕方ということを自分なりに見出すことができれば安定につながるのではないでしょうか。転職を考えた当時はそれほどしっかりと考えていなかったのですが、自分なりに何をやるべきなのかを直感的に選択していたのかもしれませんね(笑)。

これからのキャリアについては、75歳まで働きたいと思っています。それから、現在2歳の息子がいるのですが、その子が10歳くらいになるときに、海外に住みたいと思っています。自分が海外で生活した経験があるので、子供にも同様の機会を与えたいと思っているんです。自分のキャリアも考えつつ、子供の教育も両立させられたら嬉しいですね。

こういうことを含めて考えられるのは、信頼できる環境があるからこそ。いろいろな課題もありますが、ビズリーチには本当にいい人が多いですし、信頼できる人が多い。前向きに仕事ができるこの環境は代えがたいですね。

このチーム、この事業、この組織に可能性を感じていて、ここでの仕事は非常に楽しいです。今後の3年が、これまでの3年よりもっと楽しくなると本気で思っています。たくさんの機会と可能性が出てくるはずなので。それが今いる社員や、これから入社する人に伝わればいいなと強く思っています。



次回は、ビジネスマーケティング部を率いる茂野のインタビューをお届けします。
ありがとうございました!
※所属、業務内容は取材時点の内容です。